興國山と号し、曹洞宗。 もと清善寺と号し、松平忠吉(清須城主、家康の第四子、580〜1607)が崇敬をしていた明嶺理察和尚を開山とし、清須に創建した。忠吉亡き後その法名をとり大光院と改め、慶長15年(1610)の清須越でこの地に移された。 境内の明王殿に祀る鳥琴沙摩明王は、世の中の一切のけがれや悪を浄める霊験があらたかであるといわれ、尾張名所図会に「毎月廿八日を縁日として参詣の諸人隼集(群集)をなす」とあり、それは今にも続いている。